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2013年5月 6日 (月)

ヒトラーの誤算、フルトヴェングラー

最近、フルトヴェングラーの録音をよく聴く。解説のブックレットには、必ず、第2次世界大戦中のことと、戦後の非ナチ化裁判のことが書いてあるが、フルトヴェングラーは危うくイエス・キリストのようになるところだった。いや、正確には、彼は、1954年、自ら死を選び、肺炎となって亡くなった。

クラシック音楽は、この世ならざる、神や仏の世界のものである。神や仏は「絶対善」であり、争いの世界とは無縁である。「神の愛」、「仏の慈悲」と呼べれる所以である。

まして、フルトヴェングラーは、現在残っている録音やその著作からわかるように、神がかった、神を感じた方である。ドイツに残るよう頼んだのが、シェーンベルク(彼はユダヤ人だった。)だったというが、これが、ナチスドイツが負ける要素の1つとなったのではないだろうか。ホロコーストも、そうやって失敗した。・・・最悪の事態も、結局は「神性」「仏性」が人に宿る証明となってしまった・・・・と、論が飛躍してはいるが、言えると思います。

フルトヴェングラーの大戦中のあの演奏をきいて、人殺しをしたり、悪をなそうと思いますでしょうか・・・・。

戦後、ユダヤ人の中でも、メニューイン氏はフルトヴェングラーを正当に評価していた。誰がどうとは言うまい。    
普遍的な、神や仏を感じられる人であれば、もはや、何々人とかそういうことは関係なくなるでしょう。歴史に残るとは、そういうことかもしれません。

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