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2013年4月28日 (日)

4月28日 新座市滝見観音堂 唐子正定師提唱

本日の提唱は、正法眼蔵「坐禅箴」の巻の、岸沢老師の全講の中の、碧巌録第40則を解説されました。

先生の緻密な読みは、大雑把な捉え方で見落としがちな、祖師の緻密さを示してくださいます。

南泉和尚の、花を指さし、・・という、その指すという行為が、夢・幻ではない現実の花そのものを示し、・・・「空」というぼんやりとしたものではなく、個別的実体を持った「色」(色即是空の)を示している、ということ。そして、その花自体が無言の説法をしている、つまり、それを見る側が無我で見ればそれそのものを捉えられる・・・西田幾多郎はそれを直接経験や純粋経験という言葉で表現している。

更に、「誰と共に・・・」の所は、誰、即ち我の事であり、あくまで見るのは私だが、その私が無我の我であってこそありのままの実体を見ることができる、道元禅師は「吾有時」とセットにされていますね。

無論、だから私が尽界全て私ギリ・私だけと言っても、自分の自我を宇宙大に拡大するのではなく、無我になったとき、全宇宙の「空」が全面に現れると言うことでしょうか。ですから、只管打坐の時のみならず、何をなしても、其処に自我が消えていれば、尽界が顕わになる、即ち「成り切ったら成仏(横山老師)」ということでしょうか。

つぎは、GW後半の接心でお会いしましょう。

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